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わたしがほしいのはそういう痛みだ
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侘しさや憎しみだ それはきっとぜったいに消えない いつまでもいつまでもつきまとう
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何も優ってるとこなんてないよ
でも、だけどきっとわたしにしかできないことがあるはずなんだ
いけるところまでいってみたい
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でも、だけどきっとわたしにしかできないことがあるはずなんだ
いけるところまでいってみたい
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茹ですぎたトマトが使い物にならないので、私は三個目の卵を割る。飛び散った卵白が買ったばかりのエプロンを汚す。赤と白のギンガムチェックのエプロンは買って値札を引きちぎってすぐ着けたから知らない匂いがする。卵白と卵黄はぐちゃぐちゃに混ぜちゃえば混ざる。ギンガムチェックの赤と白は絶対混ざらない。直線は直線としてきちんと交わっている。
一年前の私は水と油が分離することも知らなかった。でも今はロールキャベツが作れる。私は生きていかなくちゃならないからだ。
嘘と本は、積み重なっていく。ひらがなばかりで読む気のしないメールに明日早いからごめんねって返す。明日、は、何曜日だっけ。もう長いこと曜日感覚がなくて、明日何時に起きて何時の電車に乗ってとか考えるのも煩わしい。
エプロンをとって床の上に落とすと、生乾きの卵白が赤と白の境界を滑り落ちて、しわの間の窪みにどろっとわだかまった。それを見ていたらなんだか頭に血が上っていく感覚がした。熱くてならない。頭がぼんやりする。これはなんだろう。熱? 風邪でも引いたかな。確かめないと。体温計をさがして薬箱をあけたとき、隅のほうにリトマス紙があるのを発見して、私は手を止めた。
そうだ、確かめないと。確かめないとわからない。
服を脱いで、姿見の前に立った。上から下まですとんと凹凸のない裸身の鎖骨の間に指を乗せ、下まで一気に引き下ろす。なぞったところからひらかれてゆくのを、私は想像する。今日の晩御飯の秋刀魚みたいに。きれいにひらかれて内臓が丸見えになるのを。それってとっても恥ずかしい。羞恥のあまり私は目を閉じる。沸々と音がする。線を引くように、上から下までざわりとたどられる、この感じ。甲高い悲鳴のような吐息のような細く長い声をあげて、キッチンで、薬缶が鳴く。それに反応してひくついた私のひらかれたところから内臓が一個、ぼろっ、と落ちた。それはカーペットの上でぐちゃっともたついた。まだ薔薇色のそれはかたちのいい肝臓だった。拾おうとして屈み込むとさらにまた、零れ落ちそうになった肺を左手で抑えるといろんな液がかかって薬指の指輪とかリトマス紙とかいろんなものが変色してしまう運命が定められた。私はその夜、上半身剥き出しのまま一晩中泣いてた。みんな自分勝手だ。私は私の体に責任がある。自由がある。それは、誰もおかしてはならない。
水曜日、2コール以内に電話が取れなかったので職場をクビになった。家に帰り、今までの服を全部捨て、スカートは全部捨て、全身ユニクロ人間と化すと、電車がいくらか怖くなくなった。でもそれはあんまり意味がなかった。仕事がないなら電車に乗らない。しょうがないので私はシャワーを浴びる。もう何度目のシャワーなのか自分でもわからなかった。
シャワーを終えると咽喉が乾く。何杯も水を飲む。そうするとちゃんとお腹が膨れる。あの夜零したり零しかけた内臓は全部拾ってきちんと元の場所におさめたら問題なく働いてくれている。私は、働いてない。パンツをはいて足首まであるスウェットをはく。スカートばかりはいてたころも別に脚は出したくなかった。でも私は生きていかなきゃならなかった。今は、好きなようにしていい。私は何をしてもいい。ひらかれている。
ラインが、きて、珍しく漢字だけで夕飯何って簡潔で、私はそれでも面倒で適当に画面に触れたら親指を突き上げているうさぎのスタンプが押されてしまってうさぎの肉なんかないのに彼が、家に来ることになってしまった。時に現実はままならない。それでも私は現実を信じているので、たとえ現実を超えるような何かに遭遇しようとも、屈しない。屈しないぞ。私は部屋を出た。隣のアパートに住むしーちゃんはサブカルくそビッチだけど私のことが好きで、うさぎを飼っている。
結論から言うと、私はしーちゃんから絶交を食らった。代わりにうさぎさんの片耳をちょん切ってゲットした。部屋の前に立って耳の入ったビニール袋を左手に寄せて濡れ濡れの右手でポケットから鍵を取り出して穴に突き挿して、ぐるっとまわそうとして私は手を止めた。ドアは、あいてた。合鍵を渡したのは私だった。それがちゃんと愛だったらよかった。
「おかえり」
私はただいまを言った。夕飯は、鍋だった。
二人で鍋を突っつきながらペットを飼うなら何がいいって話をした。彼はうさぎがいいって言った。自分がいないと寂しくて死んじゃうから、だって。そんな迷信、とは思いつつすごく当たり前のように喋る彼の語り口からそれは非現実的なことだとも思えずうさぎは寂しいと死ぬのだな、と納得した。しーちゃんにいっぱい愛されて寂しくなくても死ぬはめになったかわいそうなうさぎはお鍋の中でよく煮えていた。私は「子供」と答えた。
「子供?」
「うん。飼うなら、子供」
「気持悪いこと言うな」
私は私の体に責任があるけど、私が子供を産んだら、その子供の責任は、しばらくは私にあり、つまり、私は私の子供の体に対して責任と自由がある。私のお母さんはしばらくは私の体に責任と自由があったけど今は、私の体はもう子供じゃなくなっているから、責任も自由もなく、私はなにもかもいろんなことを、ひらかれたことや、変色したリトマス紙を、引き受けなくてはならない。考え込む私を彼は気味悪そうに見つめている。その視線、が、私のエプロンを突き抜けるのを感じたとき私は箸を置いた。吐き気がした。しーちゃん。そうだ、しーちゃんは寂しがり屋だからうさぎがいなくて死ぬ。私が誰かのものになってしまったから死ぬ。
「ところでこの肉なに?」
正直に答えたら、お鍋が宙を舞った。
しーちゃんが死んじゃう。私は夢中で走った。夜になると外はすごく暗い。なんも見えない。昔より視力がだいぶ落ちているからたぶん夜じゃなくてもそんなに見えない。けど、私は走り、一目散に隣のアパートを目指した。
階段を駆け上がり、402号室、しーちゃん、表札のないその部屋、絶交中のしーちゃん、インターホンを押して名前を言って「今更何の用」「しーちゃんあのね、」みたいなひと悶着を起こしている余裕はない。合鍵を持っているのでそれを使う。私はしーちゃんに愛されている。
飛び込んできた私を見てしーちゃんは目を剥き、飲んでた缶ビールを吹き出した。ごぼっと口からあふれた白い泡がぷつぷつ音を立てながら垂れ流されていく。
「――っ!」
しーちゃんが短く叫んだ。それは、一音一音拾って正しく並べるときっとちゃんと私の名前になるけど、今はそんな余裕がない。
「な、何、しーちゃんごめん泊めて許してお願い」
「――っ! ――っ!」
「何!」
「内臓! 内臓出てる!」
「えっ」
息を呑んだ瞬間その息がすごく早く体から出ていった感覚がして、驚いて自分の体を見下ろすと鎖骨の間から下までぱっくり割れていて私は膝をついた。や、やばい。出る。両腕をクロスさせて内臓が飛び出ようとするのを何とかおさめるとしーちゃんが私の横を駆け抜けていき、いよいよ見捨てられたかと思いきやすぐに戻ってきて、手にしたサランラップで必死に私の体を覆ってくれた。
その夜私は三つの教訓をえた。
一つ、サランラップは有能である。二つ、しーちゃんは親友である。三つ、他人を信用しすぎてはいけない。
しーちゃんは、朝まで一緒にいてくれた。恋でもしているようにチュンチュン煩く鳴き声をあげる雀の声で目が覚めて、隣にいるしーちゃん、瞼にこびりついているマスカラからして化粧も落とさず私につきしたがって夜を明かしてくれたんだ。こういうところ、好き。基本的にしーちゃんのいろんなところ気に食わないけどこういうところは。かわいいと思う。
サランラップと親友は非常に有能で、私の体はもうきちんと閉じられていた。シャワーを浴びたいとも思わなかった。だけど昨夜うさぎ鍋ともろもろの液体を引っかぶったままなので浴びざるをえなくて、私はだるい体を引きずって浴室を借りた。出ると咽喉が乾いてパンツだけはいて台所に行き、ポカリスエットを飲んだ。何か着るものを借りようと思って、タンスをあける。今日は、外に出なくては。上は白いシャツを借り、下は適当なジーンズがよかったけど、ない。プリーツスカート、タイトスカート、ロングスカート、エロ本、フレアスカート、ローリーズファーム、ユニクロ、いろいろあるけどズボン類がない。スカートしかない。いつのまにこんな色気づいたんだ。しょうがないので私はその中から一番なじみのあるものをはいた。
「――、それ」
突然背後からかけられた声にびくついて振り返るとしーちゃんがパンダみたいになった目を見開いて私を見ていた。
「何か変? あ、借りちゃダメなやつ?」
「え、いや、別に」
歯切れの悪い返答を一応の了承とみなし私は洗面所に向かう。歯を磨き、髪を整え、化粧を、しようとして、違うと思った。化粧はいらない。この格好に化粧はいらなかったはずだ。ちゃんと覚えている。時間だからもうでなくちゃ。電車には乗らないから怖くないけど遅刻の言い訳ができない。
「――、ど、どこ行くの」
「どこって」
「怒ってるの? そうでしょ?」
「は?」
「ごめん、ごめん……」
なぜか泣きながらひたすら謝罪をし、最終的に土下座までしてわたしを引き留めようとするしーちゃんを振り払って、私はドアに手をかけた。私は進級しなくちゃならない。
扉の向こうに、知らない人が立っていた。
その人も最初は、なんでだか私に謝ろうとした。でも、伏せた目が私のはいているスカートを捉えた瞬間、みるみる耳まで真っ赤になって――耳、赤い耳――うさぎ? そうだ、うさぎ、鍋、宙を舞った鍋を被った私とその人、赤、白、卵白と卵黄、安堵と絶望、レッド、ホワイト、混ざると、ピンク? 混ざんの? いやわかんない、どっち、男、女、どっちなんだろう? 教えて。痛いのは嫌だ。私が死なないのは痛いの嫌だからだ。
「……お前あれだろ、なんか気に食わないんだろ? なぁ? だから昨日からこんな気味悪いことばっかするんだろ、なぁ、言えよ」
彼はすごく高圧的に怒鳴りだしたと思いきや急にしゅんとなってきてしまいには
「治すから。何でもするから。お前のしてほしいこと何でもするから」
とまで言い出した。
「てめっ、よくも――の前にノコノコとっ」
急に後ろのドアが開いたと思ったらしーちゃんが怒鳴りながら飛び出してきて彼につかみかかった。どうでもいいけどしーちゃん裸だよ。知らない人は突然全裸の女がすさまじい剣幕で殴り掛かってくるという事態にすごくびっくりしていたけどそれでも左手を固めて応戦しだした。白い乳房を揺らしながらたたかうしーちゃんはすごく身軽で美しくてとっても強かったけどそれでも知らない人のほうが優勢だ。指輪がある分だけこぶしが痛いから。このままじゃしーちゃんが負ける。どうでもいいけど。否、よくない。だってしーちゃんは寝場所とシャワーと服と一夜の愛を貸してくれたしサランラップを巻いてくれた。あ、あとうさぎ。私はその手の恩義は忘れない。忘れないぞ。どっかの誰かとは違うんだから。
だけど、殴られているしーちゃんを見ていたら、一度閉じたはずのところが、ぐずぐずとうずきだして、どうしようもなくて、へたり込んでしまった。
私も、しーちゃんも、彼も、フリーハンドで線をかくせいで、いつもぐちゃぐちゃになってしまう。
「何泣いてんだよ!」
知らない人の怒りの矛先が私に向いて、止めようとするしーちゃんの全裸でのハイキックも虚しく指輪のはまったこぶしがまっすぐに向かってきて私の頬骨を砕いた。とても美しいストレートだった。痛かった。痛いのは嫌だ。嫌なんだよ。だけど。
お願いだからもっと殴って。
痛みをこらえて私は立ち上がり、スカートをはたいた。紺色のプリーツスカートはごわごわしつつもちゃんと私の太ももになじむんだ。
「学校に行かなくちゃ」
一年前の私は水と油が分離することも知らなかった。でも今はロールキャベツが作れる。私は生きていかなくちゃならないからだ。
嘘と本は、積み重なっていく。ひらがなばかりで読む気のしないメールに明日早いからごめんねって返す。明日、は、何曜日だっけ。もう長いこと曜日感覚がなくて、明日何時に起きて何時の電車に乗ってとか考えるのも煩わしい。
エプロンをとって床の上に落とすと、生乾きの卵白が赤と白の境界を滑り落ちて、しわの間の窪みにどろっとわだかまった。それを見ていたらなんだか頭に血が上っていく感覚がした。熱くてならない。頭がぼんやりする。これはなんだろう。熱? 風邪でも引いたかな。確かめないと。体温計をさがして薬箱をあけたとき、隅のほうにリトマス紙があるのを発見して、私は手を止めた。
そうだ、確かめないと。確かめないとわからない。
服を脱いで、姿見の前に立った。上から下まですとんと凹凸のない裸身の鎖骨の間に指を乗せ、下まで一気に引き下ろす。なぞったところからひらかれてゆくのを、私は想像する。今日の晩御飯の秋刀魚みたいに。きれいにひらかれて内臓が丸見えになるのを。それってとっても恥ずかしい。羞恥のあまり私は目を閉じる。沸々と音がする。線を引くように、上から下までざわりとたどられる、この感じ。甲高い悲鳴のような吐息のような細く長い声をあげて、キッチンで、薬缶が鳴く。それに反応してひくついた私のひらかれたところから内臓が一個、ぼろっ、と落ちた。それはカーペットの上でぐちゃっともたついた。まだ薔薇色のそれはかたちのいい肝臓だった。拾おうとして屈み込むとさらにまた、零れ落ちそうになった肺を左手で抑えるといろんな液がかかって薬指の指輪とかリトマス紙とかいろんなものが変色してしまう運命が定められた。私はその夜、上半身剥き出しのまま一晩中泣いてた。みんな自分勝手だ。私は私の体に責任がある。自由がある。それは、誰もおかしてはならない。
水曜日、2コール以内に電話が取れなかったので職場をクビになった。家に帰り、今までの服を全部捨て、スカートは全部捨て、全身ユニクロ人間と化すと、電車がいくらか怖くなくなった。でもそれはあんまり意味がなかった。仕事がないなら電車に乗らない。しょうがないので私はシャワーを浴びる。もう何度目のシャワーなのか自分でもわからなかった。
シャワーを終えると咽喉が乾く。何杯も水を飲む。そうするとちゃんとお腹が膨れる。あの夜零したり零しかけた内臓は全部拾ってきちんと元の場所におさめたら問題なく働いてくれている。私は、働いてない。パンツをはいて足首まであるスウェットをはく。スカートばかりはいてたころも別に脚は出したくなかった。でも私は生きていかなきゃならなかった。今は、好きなようにしていい。私は何をしてもいい。ひらかれている。
ラインが、きて、珍しく漢字だけで夕飯何って簡潔で、私はそれでも面倒で適当に画面に触れたら親指を突き上げているうさぎのスタンプが押されてしまってうさぎの肉なんかないのに彼が、家に来ることになってしまった。時に現実はままならない。それでも私は現実を信じているので、たとえ現実を超えるような何かに遭遇しようとも、屈しない。屈しないぞ。私は部屋を出た。隣のアパートに住むしーちゃんはサブカルくそビッチだけど私のことが好きで、うさぎを飼っている。
結論から言うと、私はしーちゃんから絶交を食らった。代わりにうさぎさんの片耳をちょん切ってゲットした。部屋の前に立って耳の入ったビニール袋を左手に寄せて濡れ濡れの右手でポケットから鍵を取り出して穴に突き挿して、ぐるっとまわそうとして私は手を止めた。ドアは、あいてた。合鍵を渡したのは私だった。それがちゃんと愛だったらよかった。
「おかえり」
私はただいまを言った。夕飯は、鍋だった。
二人で鍋を突っつきながらペットを飼うなら何がいいって話をした。彼はうさぎがいいって言った。自分がいないと寂しくて死んじゃうから、だって。そんな迷信、とは思いつつすごく当たり前のように喋る彼の語り口からそれは非現実的なことだとも思えずうさぎは寂しいと死ぬのだな、と納得した。しーちゃんにいっぱい愛されて寂しくなくても死ぬはめになったかわいそうなうさぎはお鍋の中でよく煮えていた。私は「子供」と答えた。
「子供?」
「うん。飼うなら、子供」
「気持悪いこと言うな」
私は私の体に責任があるけど、私が子供を産んだら、その子供の責任は、しばらくは私にあり、つまり、私は私の子供の体に対して責任と自由がある。私のお母さんはしばらくは私の体に責任と自由があったけど今は、私の体はもう子供じゃなくなっているから、責任も自由もなく、私はなにもかもいろんなことを、ひらかれたことや、変色したリトマス紙を、引き受けなくてはならない。考え込む私を彼は気味悪そうに見つめている。その視線、が、私のエプロンを突き抜けるのを感じたとき私は箸を置いた。吐き気がした。しーちゃん。そうだ、しーちゃんは寂しがり屋だからうさぎがいなくて死ぬ。私が誰かのものになってしまったから死ぬ。
「ところでこの肉なに?」
正直に答えたら、お鍋が宙を舞った。
しーちゃんが死んじゃう。私は夢中で走った。夜になると外はすごく暗い。なんも見えない。昔より視力がだいぶ落ちているからたぶん夜じゃなくてもそんなに見えない。けど、私は走り、一目散に隣のアパートを目指した。
階段を駆け上がり、402号室、しーちゃん、表札のないその部屋、絶交中のしーちゃん、インターホンを押して名前を言って「今更何の用」「しーちゃんあのね、」みたいなひと悶着を起こしている余裕はない。合鍵を持っているのでそれを使う。私はしーちゃんに愛されている。
飛び込んできた私を見てしーちゃんは目を剥き、飲んでた缶ビールを吹き出した。ごぼっと口からあふれた白い泡がぷつぷつ音を立てながら垂れ流されていく。
「――っ!」
しーちゃんが短く叫んだ。それは、一音一音拾って正しく並べるときっとちゃんと私の名前になるけど、今はそんな余裕がない。
「な、何、しーちゃんごめん泊めて許してお願い」
「――っ! ――っ!」
「何!」
「内臓! 内臓出てる!」
「えっ」
息を呑んだ瞬間その息がすごく早く体から出ていった感覚がして、驚いて自分の体を見下ろすと鎖骨の間から下までぱっくり割れていて私は膝をついた。や、やばい。出る。両腕をクロスさせて内臓が飛び出ようとするのを何とかおさめるとしーちゃんが私の横を駆け抜けていき、いよいよ見捨てられたかと思いきやすぐに戻ってきて、手にしたサランラップで必死に私の体を覆ってくれた。
その夜私は三つの教訓をえた。
一つ、サランラップは有能である。二つ、しーちゃんは親友である。三つ、他人を信用しすぎてはいけない。
しーちゃんは、朝まで一緒にいてくれた。恋でもしているようにチュンチュン煩く鳴き声をあげる雀の声で目が覚めて、隣にいるしーちゃん、瞼にこびりついているマスカラからして化粧も落とさず私につきしたがって夜を明かしてくれたんだ。こういうところ、好き。基本的にしーちゃんのいろんなところ気に食わないけどこういうところは。かわいいと思う。
サランラップと親友は非常に有能で、私の体はもうきちんと閉じられていた。シャワーを浴びたいとも思わなかった。だけど昨夜うさぎ鍋ともろもろの液体を引っかぶったままなので浴びざるをえなくて、私はだるい体を引きずって浴室を借りた。出ると咽喉が乾いてパンツだけはいて台所に行き、ポカリスエットを飲んだ。何か着るものを借りようと思って、タンスをあける。今日は、外に出なくては。上は白いシャツを借り、下は適当なジーンズがよかったけど、ない。プリーツスカート、タイトスカート、ロングスカート、エロ本、フレアスカート、ローリーズファーム、ユニクロ、いろいろあるけどズボン類がない。スカートしかない。いつのまにこんな色気づいたんだ。しょうがないので私はその中から一番なじみのあるものをはいた。
「――、それ」
突然背後からかけられた声にびくついて振り返るとしーちゃんがパンダみたいになった目を見開いて私を見ていた。
「何か変? あ、借りちゃダメなやつ?」
「え、いや、別に」
歯切れの悪い返答を一応の了承とみなし私は洗面所に向かう。歯を磨き、髪を整え、化粧を、しようとして、違うと思った。化粧はいらない。この格好に化粧はいらなかったはずだ。ちゃんと覚えている。時間だからもうでなくちゃ。電車には乗らないから怖くないけど遅刻の言い訳ができない。
「――、ど、どこ行くの」
「どこって」
「怒ってるの? そうでしょ?」
「は?」
「ごめん、ごめん……」
なぜか泣きながらひたすら謝罪をし、最終的に土下座までしてわたしを引き留めようとするしーちゃんを振り払って、私はドアに手をかけた。私は進級しなくちゃならない。
扉の向こうに、知らない人が立っていた。
その人も最初は、なんでだか私に謝ろうとした。でも、伏せた目が私のはいているスカートを捉えた瞬間、みるみる耳まで真っ赤になって――耳、赤い耳――うさぎ? そうだ、うさぎ、鍋、宙を舞った鍋を被った私とその人、赤、白、卵白と卵黄、安堵と絶望、レッド、ホワイト、混ざると、ピンク? 混ざんの? いやわかんない、どっち、男、女、どっちなんだろう? 教えて。痛いのは嫌だ。私が死なないのは痛いの嫌だからだ。
「……お前あれだろ、なんか気に食わないんだろ? なぁ? だから昨日からこんな気味悪いことばっかするんだろ、なぁ、言えよ」
彼はすごく高圧的に怒鳴りだしたと思いきや急にしゅんとなってきてしまいには
「治すから。何でもするから。お前のしてほしいこと何でもするから」
とまで言い出した。
「てめっ、よくも――の前にノコノコとっ」
急に後ろのドアが開いたと思ったらしーちゃんが怒鳴りながら飛び出してきて彼につかみかかった。どうでもいいけどしーちゃん裸だよ。知らない人は突然全裸の女がすさまじい剣幕で殴り掛かってくるという事態にすごくびっくりしていたけどそれでも左手を固めて応戦しだした。白い乳房を揺らしながらたたかうしーちゃんはすごく身軽で美しくてとっても強かったけどそれでも知らない人のほうが優勢だ。指輪がある分だけこぶしが痛いから。このままじゃしーちゃんが負ける。どうでもいいけど。否、よくない。だってしーちゃんは寝場所とシャワーと服と一夜の愛を貸してくれたしサランラップを巻いてくれた。あ、あとうさぎ。私はその手の恩義は忘れない。忘れないぞ。どっかの誰かとは違うんだから。
だけど、殴られているしーちゃんを見ていたら、一度閉じたはずのところが、ぐずぐずとうずきだして、どうしようもなくて、へたり込んでしまった。
私も、しーちゃんも、彼も、フリーハンドで線をかくせいで、いつもぐちゃぐちゃになってしまう。
「何泣いてんだよ!」
知らない人の怒りの矛先が私に向いて、止めようとするしーちゃんの全裸でのハイキックも虚しく指輪のはまったこぶしがまっすぐに向かってきて私の頬骨を砕いた。とても美しいストレートだった。痛かった。痛いのは嫌だ。嫌なんだよ。だけど。
お願いだからもっと殴って。
痛みをこらえて私は立ち上がり、スカートをはたいた。紺色のプリーツスカートはごわごわしつつもちゃんと私の太ももになじむんだ。
「学校に行かなくちゃ」
正直こわいよ、こわいよ
でも飛び込んでみようって思ったんだよ
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でも飛び込んでみようって思ったんだよ
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