[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
そのころ巷では西野カナなる金髪の娘っ子による「会いたくて」なる歌が大いに流行っており、クラスの女子の大半がカラオケの十八番・寝る前の一曲等々にその歌を指定し女子だけでなく男子も各々の音楽再生機器に「とりあえず」とばかりにその歌を入れ、歌番組に西野カナ嬢が出演しようものなら生徒らの親もまだ物心つかぬ兄弟姉妹らも画面の前に張り付いて眺め聞き入り、早朝の散歩中の老人らも犬のリードを引きながら「あいたくてあいーたくてふるーえるー」と口ずさんだものだった。いや、多少行き過ぎた表現をしたことは、みとめる。
まあそんなわけで西野カナ「会いたくて」はけっこうなブームを巻き起こしていたのだが、わたしはというとてんでまるで、興味がなかった。あのフレーズを耳にするたびなんで会いたくて震えるんだよ馬鹿か、と吐き捨てたものだが、おなじく長いものに巻かれ流行の波に流されることをヨシとしないものたちがいた。というのも、一人はヴィジュアル系、一人はロキノン系、一人はクラッシック、一人は洋楽ポップにロック、一人はへヴィメタル、一人は演歌……といったぐあいに、各々の好む音楽が崇高にして誇りたかく、俗世にはびこる流行歌などとは一線を画すのだ、と心のどこかで思っている傲慢なやつらばかりだったのだが。
わたしはその中のどの音楽も好きではなかった。元来、「なにか」を「好む」という行為には縁のないタチであった。勝手にわたしを仲間だとみなしてきた彼らによって、わたしも色々なジャンルの音楽を聞かされたものだが、ナイトメアもRADWIMPSもモーツァルトもアヴリル・ラヴィーンもK2もX JAPANも石川さゆりも聞いている途中で寝た。
さて、現在時刻午後三時二十五分、わたし、染井芳乃は最寄駅前のスター・バックスにて一人「さくらクリームフラペチーノ」を飲んでいる。待ち合わせをしていたのだ。しかし、時間にルーズなことで有名な頭の弱い幼なじみはいっこうに来る気配がなかった。
外ではしとしとと小雨が降っていた。奥のソファ席を陣取ってはいるものの、自動ドアが開くたびに吹き込んでくる風はわたしの身体を冷え冷えとさせ、嗚呼、こんなことならあたたかい「さくらラテ」にしておくべきだったと後悔する。後悔しながらクリームをひとすくい食べる。
物心ついたころから「なにか」を「好む」ことのなかったわたしだが、ひとつだけ、例外がある。それは「桜」だ。
見るのはもちろんのこと触れるのも嗅ぐのも食べるのも好きだった。これは言うと宇宙人でも見るような珍妙な顔をされるのでなるべく言わないことにしているのだが、小学生のころから、枝から摘み取ってきた桜をきれいに洗ったものが、わたしのもっぱらのおやつなのである。
「ヨシノ?」
ふいに正面から声をかけられてがばと顔を上げると、わたしの二歳上の兄、不肖・染井桜太十九歳がトレイを持って立っていた。やや長めの黒髪のなかに佇む面差しはやはり整っているといってさしつかえない。さすがはわたしの兄といったところか。隣に人の姿はない、一人のようだ。しめた。わたしは運がいい。
「兄さん。混んでいる。座って」
「お、サンキュ」
現代社会のストレイ・シープ改め「妹を疑う」ということをしらない純真無垢な兄は、にこりと微笑しながらトレイを置き、わたしの向かいの椅子に腰掛けた。ふん。学習能力のない兄だ。わたしと血がつながっているとは到底思えない。
「すこしトイレに」
そう言って席を立てば兄はこくりとうなずいた。かんたんに身支度をし、そそくさと立ち去る。(頭が)かわいそうな兄は気づかない。どこの世界にコートを着てマフラーと手袋をして鞄と傘を持って行くお手洗いがあるのだ。かれこれ二、三時間の滞在によりけっこうな額となっているだろうお会計のことを考えながら、わたしは一人、店の外へ出た。
黒い傘を広げ、寒々しい街の中を歩きながら、わたしはふと、兄がお会計を済ませられるだけの金を持っていたかどうか、という恐らく答えは否であろう疑問を抱かされた。なにせ不肖・染井桜太十九歳の職業は自宅警備員である。まぁいい、どうとでもなれ。どうせ許してくれる。わたしのただ一人きりの兄は、なかなかどうして、シスコンの気があるのだった。
深夜、白昼の熱がさめたアスファルトが突き刺さる
通りすがりの酔っ払いは鼻唄交じりに手をたたいて
「 くそったれ! 」
惑星並列の夜 地球はもえさかる
ただいまから冥王星の復讐 だれだってひとりは嫌いだったからね
逃げたくなったならもう遅いけど 人類滅亡の備えをしなよ さあ音楽をながせ!
クジラは宇宙遊泳にふけり
カメレオンは保護色を決めかねて
ウサギはしずかに目をとじた すべてを黙っていようと決意して
銀河系最後の夜 鉄道は暴走して彼方
おかえりよ彗星、もう気が済んだでしょう だれも拒みやしないからね
千年周期で時雨がふりつもり 花粉症の猫は恋に落ちてくしゃみする
ぬるまった粘液 色も夢もない
細胞がにじみ出ては消える
温室栽培のケシの実 すりつぶして
さあ 嚥下せよ 僕は君を赦しはしないけど
砂糖菓子の惑星 暗い浴槽の底の花 空っぽの水面に浮かぶ根性なしのなきがら
渇いてひび割れた皮膚 毒を塗り込んで潤し 吐き出した 犯罪者のグラニュー糖
懇情な死を 与えてしまったのは 僕かな
赦せなくて 待ち合わせにこない君が 昨晩の糸電話であれだけ約束したと云うのに
こうやって消費されていってる しあわせかどうあるべきかなんて知らない なぜならああはなりたくないと思うからだ
性格いいひとなんていないよ どこにも
たぶんわたしはあの子のなかに世界の最果て的なものをみて
それがそうだと自覚した瞬間、なんだか死にたくなった
