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今さら、今さら……離れるのか? 十四年間、一緒だったのに?
いや、そもそも――離れることができるのか?
目に見えるような形ではなく、絶対的なつながりなどなくとも、ずっとそばに、隣に、いたのに。
そうだ。じぶんたちには絶対的な、つながりが、ない。たとえば、血が繋がっている、というような。遺伝子レベルで絡み合っているもの、が。
だから……きっと呆気ないことで、離れる……。
どうしたらいい。どうしたら隣あって、いられるのか……。
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こっからここまではわたしの好きなものでこっから先は種類のちがう誰かの好むものだって無意識のうちに引いていたラインのなんと滑稽で愚かしいことだろう?
世界にはおもしろいものがいっぱいあるのに。
線を引く必要はないのだ。ゆるやかな分類はあってもいいけれど。狭い円をかこっている濃い線なんて飛び越したほうがよほどおもしろい。
今までどうでもよかったものや苦手だったものが楽しいもの好きなものに変わるときってすごーく幸福だ。しぬかもしれない。
それでまたちょっと広がった円の中に帰ってきて造り出したなにかが誰かの円をすこーし広げるかもしれない。そしたら本当にしんじゃうかもしんない。
お酒が飲みたいすごく飲みたい浴びるように溺れるように飲みたいそして遭難してしまいたい。
飲んだことないけど。
嫉妬が絡み付いて消えない。真冬なのに寒い。若いのに肌がかさかさする。どろどろどろどろどろどろ
創作者にとって創作をやめろっていうのは死ねおまえなんか死んじまえっていうのとおんなじこと、否それよりもっとひどいことだってわかっていてていうかむしろそれを踏まえてわたしは先輩にやめたほうがいいですよっていった。先輩もう年だから潮時だから手遅れになる前にはやく貞操を捨ててギャザーとフリルがほどこされたベージュとブラウンの服を着て落ち着きなさいって、メールの最後の意味ありげな空欄とかわかれぎわのマフラーに隠された口元に好き好き大好きってにおわしてくる同僚と付き合って結婚しちゃいなさいって。先輩は真冬の雪原のどまんなかで突然火縄銃で打たれた白鳥みたいに、無理やり若作りしたみたいなだっさい化粧をほどこした目をバァンと見開いて、くすんだ色のルージュをこってり塗りたくったなんのセクシャルアピールもしてこないしわしわの唇をふるわせて、わなわな、わなわな、ふるえておった。
先輩はわたしのことをよーくかわいがってくれる人だった。だからわたしは先輩が好きだった。
だけどうとましくもあった。嫉妬のせいです。バッハの旋律を夜に聞いたせいじゃなくて、嫉妬のせいです。
「どうして」
先輩は声だけは若さをたもっていた。高くて澄んだきれいな響きのある声で、いっしょにカラオケにいったりすると流行りのアイドルソングをわたしよりじょうずに歌った。それにあわせてわたしがへったくそな運動神経のなさを剥き出しにするようなキレのないダンスを披露すると、先輩はカワイイカワイイと言って手を叩いて喜んだ。わたしは先輩が好きだった。先輩はいつだってわたしを引き立ててくれたから。先輩はいつだってわたしのことを褒めてくれたから。あるときから、父も母も兄も先生も誰もわたしのことを褒めてくれなくなったから、わたしは純粋にそれが……うれしくて……。
「先輩もういい年だから……もうだめだよ、先輩はおとなにならなくちゃいけないんだよ。完全に社会に溶け込んでどこにでもいるようなありきたりな主婦にならなくちゃいけないんだよ。もう自分だけのちっぽけな世界をつくりあげて仲間内に晒してよろこびをえるような生活は捨てなくちゃ」
「泣きそうよ」
「年増のおんなの涙なんか!」
「ちがうわ。あなたが」
わたし? わたしが泣きそうですって? ふん。
「いったいどうしちゃったの。一生、どんなに年をとったって創作はやめないでいましょうねって、約束したじゃない、ふたりで」
そーんーなーの口約束っていうですよオーライ?
「泣かないで。なにかあったんでしょう? 聞かせて」
そうそう。先輩はいつもそう。聞いてあげるっていわないの。聞かせなさいともいわないの。聞かせてっていうの。
好きだったのよ。だけど憎かった。わたしははやくおとなにならなくちゃいけなかった。若さを誇っている場合じゃなかった。生きていなくちゃならなかった。自分の世界に閉じこもって生きてきた日陰女子は、おとなになっても恋人のひとりもできなくて、自分に自信がなくて、びくびく、びくびく働いて、おかねのために出勤して、家に帰ったらさっさと化粧を落としてだっさい部屋着に着替えてひたすら創作に打ち込んで死んだように眠り、週末も食うか眠るか創作するかで、そしてまたおもたいため息をつきながら月曜の朝の東京へ立ち向かっていく。そんなおんなにわたしはなりたくない。先輩みたいなおんなになんかなりたくない。なりたくないのよ!!!
だけど先輩は……わたしより、若くてかわいくておしゃれもしてるわたしより、ずっとすごいものを見ている。ずっとすごいものを生み出している。それにふれるとき、わたしは感動の余り息もできなくて、涙目になりながら、うちふるえているときもあった……。
なのに、なぜだろう? いつから許せなくなったのだろう?
わたしは、わたしはなにが許せないのか……。
ああ、つけまつげ取れた。
「あなたはあなただけなのに、受け入れることができないのね」
「思春期とっくにすぎたのに」
カワイイは作れる? じゃあ、作ってよ。わたしのために作って。
それで先輩は、年齢におうじた人生をあゆみなさいよ。そうしたらわたしはきっと、安心して創作をやめられるから。それは死ぬこととおんなじだ。
飲んだことないけど。
嫉妬が絡み付いて消えない。真冬なのに寒い。若いのに肌がかさかさする。どろどろどろどろどろどろ
創作者にとって創作をやめろっていうのは死ねおまえなんか死んじまえっていうのとおんなじこと、否それよりもっとひどいことだってわかっていてていうかむしろそれを踏まえてわたしは先輩にやめたほうがいいですよっていった。先輩もう年だから潮時だから手遅れになる前にはやく貞操を捨ててギャザーとフリルがほどこされたベージュとブラウンの服を着て落ち着きなさいって、メールの最後の意味ありげな空欄とかわかれぎわのマフラーに隠された口元に好き好き大好きってにおわしてくる同僚と付き合って結婚しちゃいなさいって。先輩は真冬の雪原のどまんなかで突然火縄銃で打たれた白鳥みたいに、無理やり若作りしたみたいなだっさい化粧をほどこした目をバァンと見開いて、くすんだ色のルージュをこってり塗りたくったなんのセクシャルアピールもしてこないしわしわの唇をふるわせて、わなわな、わなわな、ふるえておった。
先輩はわたしのことをよーくかわいがってくれる人だった。だからわたしは先輩が好きだった。
だけどうとましくもあった。嫉妬のせいです。バッハの旋律を夜に聞いたせいじゃなくて、嫉妬のせいです。
「どうして」
先輩は声だけは若さをたもっていた。高くて澄んだきれいな響きのある声で、いっしょにカラオケにいったりすると流行りのアイドルソングをわたしよりじょうずに歌った。それにあわせてわたしがへったくそな運動神経のなさを剥き出しにするようなキレのないダンスを披露すると、先輩はカワイイカワイイと言って手を叩いて喜んだ。わたしは先輩が好きだった。先輩はいつだってわたしを引き立ててくれたから。先輩はいつだってわたしのことを褒めてくれたから。あるときから、父も母も兄も先生も誰もわたしのことを褒めてくれなくなったから、わたしは純粋にそれが……うれしくて……。
「先輩もういい年だから……もうだめだよ、先輩はおとなにならなくちゃいけないんだよ。完全に社会に溶け込んでどこにでもいるようなありきたりな主婦にならなくちゃいけないんだよ。もう自分だけのちっぽけな世界をつくりあげて仲間内に晒してよろこびをえるような生活は捨てなくちゃ」
「泣きそうよ」
「年増のおんなの涙なんか!」
「ちがうわ。あなたが」
わたし? わたしが泣きそうですって? ふん。
「いったいどうしちゃったの。一生、どんなに年をとったって創作はやめないでいましょうねって、約束したじゃない、ふたりで」
そーんーなーの口約束っていうですよオーライ?
「泣かないで。なにかあったんでしょう? 聞かせて」
そうそう。先輩はいつもそう。聞いてあげるっていわないの。聞かせなさいともいわないの。聞かせてっていうの。
好きだったのよ。だけど憎かった。わたしははやくおとなにならなくちゃいけなかった。若さを誇っている場合じゃなかった。生きていなくちゃならなかった。自分の世界に閉じこもって生きてきた日陰女子は、おとなになっても恋人のひとりもできなくて、自分に自信がなくて、びくびく、びくびく働いて、おかねのために出勤して、家に帰ったらさっさと化粧を落としてだっさい部屋着に着替えてひたすら創作に打ち込んで死んだように眠り、週末も食うか眠るか創作するかで、そしてまたおもたいため息をつきながら月曜の朝の東京へ立ち向かっていく。そんなおんなにわたしはなりたくない。先輩みたいなおんなになんかなりたくない。なりたくないのよ!!!
だけど先輩は……わたしより、若くてかわいくておしゃれもしてるわたしより、ずっとすごいものを見ている。ずっとすごいものを生み出している。それにふれるとき、わたしは感動の余り息もできなくて、涙目になりながら、うちふるえているときもあった……。
なのに、なぜだろう? いつから許せなくなったのだろう?
わたしは、わたしはなにが許せないのか……。
ああ、つけまつげ取れた。
「あなたはあなただけなのに、受け入れることができないのね」
「思春期とっくにすぎたのに」
カワイイは作れる? じゃあ、作ってよ。わたしのために作って。
それで先輩は、年齢におうじた人生をあゆみなさいよ。そうしたらわたしはきっと、安心して創作をやめられるから。それは死ぬこととおんなじだ。
ちきちき痛いって、まだ、知らなかった。
吐く息は白い。
月曜日の朝をふるえながら待っている、寝室の暗がりの中の14才。
晴れ着を裁ったタチバサミで、前髪をざっくりと、切る。
あと三年、本を読みながらじいっと待ちなさいと、標本の中の少女はいう。
真実は……路傍の石ころのように転がっている。朝の白い光を浴びて、蹴り飛ばされるのを待っている。
左耳流れない音楽、壊れたヘッドフォンをはめて、泣いている、15才。
鏡の中の子供たち。
血を流す市民。
東京の夕日。宇宙に咲くカサブランカ。
うつくしいものはすこしずつ褪せていく。
老いをおそれはじめた16才。
未来の見えない、17才。
純真さの消えた18才。
初めてのショートへアー。レモンとせっけんの香水。
うしなっていくもの。似合わないセーラー服。
散らかった部室のすみに眠る、昭和最後の年の交換日記。
さざめく少女たちの笑い声。
かくしごと。
点数だけがすべてだったこと。
両手のふるえる19才。
仮死状態でうたう、20才。
日曜の夜にこの惑星に生きているということ。
吐く息は白い。
月曜日の朝をふるえながら待っている、寝室の暗がりの中の14才。
晴れ着を裁ったタチバサミで、前髪をざっくりと、切る。
あと三年、本を読みながらじいっと待ちなさいと、標本の中の少女はいう。
真実は……路傍の石ころのように転がっている。朝の白い光を浴びて、蹴り飛ばされるのを待っている。
左耳流れない音楽、壊れたヘッドフォンをはめて、泣いている、15才。
鏡の中の子供たち。
血を流す市民。
東京の夕日。宇宙に咲くカサブランカ。
うつくしいものはすこしずつ褪せていく。
老いをおそれはじめた16才。
未来の見えない、17才。
純真さの消えた18才。
初めてのショートへアー。レモンとせっけんの香水。
うしなっていくもの。似合わないセーラー服。
散らかった部室のすみに眠る、昭和最後の年の交換日記。
さざめく少女たちの笑い声。
かくしごと。
点数だけがすべてだったこと。
両手のふるえる19才。
仮死状態でうたう、20才。
日曜の夜にこの惑星に生きているということ。
そのころの俺は、歩く辞書になりたかった。それですべて事足りるのなら、よかった。生きてゆくために。社会と対峙するために。大人になるために。
変わっていくことが怖かった。だけど同時にそれをのぞんでもいた。じたばた悩んでいるうちにおそろしいほどの月日が過ぎた。時は止まらなかった。そしてその流れは早かった。容赦がなく、絶対的であった。咲き始めた桜をハルアラシが散らし、色づき始めた椛を秋雨が枯らすように。
このままでは大人になれないと思っていた。精神的にも外見的にも。じぶんにはなにか社会のなかで生きてゆくための能力といったものがいちじるしく欠けているように思われた。このままではいけない。取り残されてしまうだろうと。しかしどうしたらいいのかわからなかった。時ばかり過ぎて年齢ばかり増えて、外見をいくら取り繕っても中身はずうっと、幼い子供のように未熟で、でもそれは通用しなくなってきていた。まだ子供だから、はそろそろ無能の言い訳だった。
だから勉強をした。
あらゆる分野のあらゆる知識を、めちゃくちゃに詰め込んだ。狂ったように本を読み、著名人の講演会が催されれば足を運んだ。俺は、辞書になりたかった。誰かがなにかを知ろうとするときに、俺に問いかけてくれればすぐさま答える。手早く、正確に、求めるものを。ただ、知識が欲しかった。勉強は、機械的で、単純だった。だからそれほど苦ではなかった。けれど満足感をえられるのは一時だけで、日に日に増えていく難解な言葉も、複雑な定理も、公式も、歴史も、なにひとつとして俺を安心させてくれなかった。
小さな経験の積み重ねが自分を成長させることを、まだ、よく知らないでいた。
またたくまに季節は過ぎ去った。いかにも思春期ですというような悩みをかかえ、焦燥ばかり募らせて、モラトリアムの危機に瀕しアイデンティティを渇望しはじめてから、二回目の春が来た。
例年よりも少し肌寒い、桜の季節。
高校三年生の新学期。
一度目の別れは、クラス替えのときに訪れた。
自分は文系で、幼なじみは理系。自分は私立大学への進学を希望していて、幼なじみは国立。自分は一組で、幼なじみは七組。自分は二階の左端の教室で、幼なじみは三階の右端。俺は朝の授業前に行われる特別講義に参加し、塾にも通い始めたから、打ち合わせるわけでもなくいっしょになることが多かった登下校の時間も、ずれた。
それだけの話だった。
でもそれは、物心ついたときからずっと近所に住み、小学校も中学校もずっと同じクラスだった俺と幼なじみにとっては、たしかな別れであり、打撃だったのだ。そう思っていたのは、俺だけだったのかもしれないが。
――記憶が回帰していく。激しい春の突風と、ひそやかな雨の音を立てて。
数年前。クラスが別になり、登下校の時間がずれ、当たり前のように隣にいた存在が、いつのまにか遠のいていたことに気がついたこと。学校が決める小さな集団のくくりがなければそばにいられないような関係ではないという、理由のない確信が、少しずつ薄れていったこと。
連日降り続いた雨。しずかな雨音のなかで行われた自己紹介。
名前をからかってくるやつがいなかったこと。
集会があるたびに、気がついたら理系クラスのほうを見やっては、幼なじみのすがたを探していたこと。先生の話の最中に、うしろから突っついてきてはくだらないことをささやいてくるやつがいなくて、なぜか落ち着かなかった。
廊下ですれちがっても、互いの友人との会話に夢中で、目が合うことすら減っていったこと。
手に取るようにはっきりと思い出せる、胸に空洞ができて時折ひゅうっと風が吹いていくような、一抹のさびしさ。
小さなずれが、じわじわと大きな亀裂になってきていることに、なんとなく気づいていた。けれど、どうしようもなかった。大人になるためのすべがわからないように、どうしたら元に戻れるのか、そもそも元に戻るべきなのか……俺はどうしたいのか。わからなかったのだ。
わからないことがあまりにも多かった。誰にも訊けなかった。本を読んでも、偉人の話を聞いても、どこにも答えはないように思われた。
すきま風のようなさびしさはずっと続いた。
始業式のときにはつぼみが多かった遅咲きの桜も、ようやく満開になったころ。新しいクラスに慣れ、友人関係もそれなりに良好で、勉強に精を出して……新しい学校生活は順調に滑り出していて。
――俺は偶然にも、幼なじみとふたりで過ごす時間を、再び取り戻したのだった。
それは、ごくわずかな時間だった。咲き誇る桜が春の突風に吹き散らされ、一瞬のうつくしい桜吹雪となって、散っていくまでの。
ほんの少しの、あたたかったり冷たかったり、近かったり遠かったりした、時間。ふたりで共有したちっぽけな秘密。好奇心をくすぐるこまやかな発見。鉛筆が、真っ白いノートを七ページだけ、埋めた。
めまぐるしく過ぎ去ろうとする世界から切り取られた、薄暗くて狭い部屋で。余計なものには触れずに、たいせつなものを壊さないように、ふたりで過ごした、ひそやかな記憶。
日差し。沈黙。風。ハナミズキ。肌寒さ。雨。会話。独特の匂い。記録。奇妙な時間。
となりにいたこと。
桜と同じようにすぐに舞い散ってしまったのだけど。
レコードに針を落とすように、彼の指が胸の真ん中におりて、記憶の底をやさしくひっかく。指先の熱が肌に溶けて、感情の波が体中をあたたかく満たしていく。
なぁ、大人って、なんだ? 大人になるって、どういうこと。
答えは……。
変わっていくことが怖かった。だけど同時にそれをのぞんでもいた。じたばた悩んでいるうちにおそろしいほどの月日が過ぎた。時は止まらなかった。そしてその流れは早かった。容赦がなく、絶対的であった。咲き始めた桜をハルアラシが散らし、色づき始めた椛を秋雨が枯らすように。
このままでは大人になれないと思っていた。精神的にも外見的にも。じぶんにはなにか社会のなかで生きてゆくための能力といったものがいちじるしく欠けているように思われた。このままではいけない。取り残されてしまうだろうと。しかしどうしたらいいのかわからなかった。時ばかり過ぎて年齢ばかり増えて、外見をいくら取り繕っても中身はずうっと、幼い子供のように未熟で、でもそれは通用しなくなってきていた。まだ子供だから、はそろそろ無能の言い訳だった。
だから勉強をした。
あらゆる分野のあらゆる知識を、めちゃくちゃに詰め込んだ。狂ったように本を読み、著名人の講演会が催されれば足を運んだ。俺は、辞書になりたかった。誰かがなにかを知ろうとするときに、俺に問いかけてくれればすぐさま答える。手早く、正確に、求めるものを。ただ、知識が欲しかった。勉強は、機械的で、単純だった。だからそれほど苦ではなかった。けれど満足感をえられるのは一時だけで、日に日に増えていく難解な言葉も、複雑な定理も、公式も、歴史も、なにひとつとして俺を安心させてくれなかった。
小さな経験の積み重ねが自分を成長させることを、まだ、よく知らないでいた。
またたくまに季節は過ぎ去った。いかにも思春期ですというような悩みをかかえ、焦燥ばかり募らせて、モラトリアムの危機に瀕しアイデンティティを渇望しはじめてから、二回目の春が来た。
例年よりも少し肌寒い、桜の季節。
高校三年生の新学期。
一度目の別れは、クラス替えのときに訪れた。
自分は文系で、幼なじみは理系。自分は私立大学への進学を希望していて、幼なじみは国立。自分は一組で、幼なじみは七組。自分は二階の左端の教室で、幼なじみは三階の右端。俺は朝の授業前に行われる特別講義に参加し、塾にも通い始めたから、打ち合わせるわけでもなくいっしょになることが多かった登下校の時間も、ずれた。
それだけの話だった。
でもそれは、物心ついたときからずっと近所に住み、小学校も中学校もずっと同じクラスだった俺と幼なじみにとっては、たしかな別れであり、打撃だったのだ。そう思っていたのは、俺だけだったのかもしれないが。
――記憶が回帰していく。激しい春の突風と、ひそやかな雨の音を立てて。
数年前。クラスが別になり、登下校の時間がずれ、当たり前のように隣にいた存在が、いつのまにか遠のいていたことに気がついたこと。学校が決める小さな集団のくくりがなければそばにいられないような関係ではないという、理由のない確信が、少しずつ薄れていったこと。
連日降り続いた雨。しずかな雨音のなかで行われた自己紹介。
名前をからかってくるやつがいなかったこと。
集会があるたびに、気がついたら理系クラスのほうを見やっては、幼なじみのすがたを探していたこと。先生の話の最中に、うしろから突っついてきてはくだらないことをささやいてくるやつがいなくて、なぜか落ち着かなかった。
廊下ですれちがっても、互いの友人との会話に夢中で、目が合うことすら減っていったこと。
手に取るようにはっきりと思い出せる、胸に空洞ができて時折ひゅうっと風が吹いていくような、一抹のさびしさ。
小さなずれが、じわじわと大きな亀裂になってきていることに、なんとなく気づいていた。けれど、どうしようもなかった。大人になるためのすべがわからないように、どうしたら元に戻れるのか、そもそも元に戻るべきなのか……俺はどうしたいのか。わからなかったのだ。
わからないことがあまりにも多かった。誰にも訊けなかった。本を読んでも、偉人の話を聞いても、どこにも答えはないように思われた。
すきま風のようなさびしさはずっと続いた。
始業式のときにはつぼみが多かった遅咲きの桜も、ようやく満開になったころ。新しいクラスに慣れ、友人関係もそれなりに良好で、勉強に精を出して……新しい学校生活は順調に滑り出していて。
――俺は偶然にも、幼なじみとふたりで過ごす時間を、再び取り戻したのだった。
それは、ごくわずかな時間だった。咲き誇る桜が春の突風に吹き散らされ、一瞬のうつくしい桜吹雪となって、散っていくまでの。
ほんの少しの、あたたかったり冷たかったり、近かったり遠かったりした、時間。ふたりで共有したちっぽけな秘密。好奇心をくすぐるこまやかな発見。鉛筆が、真っ白いノートを七ページだけ、埋めた。
めまぐるしく過ぎ去ろうとする世界から切り取られた、薄暗くて狭い部屋で。余計なものには触れずに、たいせつなものを壊さないように、ふたりで過ごした、ひそやかな記憶。
日差し。沈黙。風。ハナミズキ。肌寒さ。雨。会話。独特の匂い。記録。奇妙な時間。
となりにいたこと。
桜と同じようにすぐに舞い散ってしまったのだけど。
レコードに針を落とすように、彼の指が胸の真ん中におりて、記憶の底をやさしくひっかく。指先の熱が肌に溶けて、感情の波が体中をあたたかく満たしていく。
なぁ、大人って、なんだ? 大人になるって、どういうこと。
答えは……。
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