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ああ、その場所はとてもうつくしいのだ。
昔、冬の終りにそこをおとずれたことがある。いつなんどきもそうであるようにその日もまた、長閑なひざしに空気一帯がぼんやりとかすむようであった。
桜の花片が夢のように降りそそいでいた。その色あいのように淡く。
かと思えばそれは、桜の花ではない。私のてのひらの指先に冷やりと舞い降りるや否や、たちまち掻き消えてしまった。……雪だ。見上げると、はかなげに晴れわたった冬空の頂から、はらはらと雪が。
晴れた日にちらちらと降る雪のことを風花というのだそうだ。まさしく風が花を散らすようであるなあと私はいたく心震えて、ぼう然とそれを眺めていた。私の熱いてのひらに、泡雪は躊躇なく降り落ちては溶けて、また降り落ちては溶けてゆく。積もることなく。そのうちに私はふと怖ろしい心地になってしまった。
冬は終るのだなと思った。
そうしてまた春が来る。春が来るとこの場所はよりいっそううつくしい。ますます現実味をなくし浮世離れした花園になる。
しかしそれもまた一瞬のことで、世の摂理といったものにしたがってたちまち様相を変える。なにものも私を待たない。春というのはとりわけひどくて碌に味わう間もないままに過さる。それが怖ろしい。
なんとも興のあることにはその日雪は積もったのだった。
あれほど仄かに舞い散っていた風花は、時とともに牡丹雪となった。重厚な雪片は降って、降って、積もった。家の奥に引込んでいた私は、気晴らしに見に来た庭がまっしろに染め替えられているので面食らった。
すあしに草履をひっかけて怖る怖る庭先に降りる。さくり、それからぎゅむと新雪を踏み潰すときの心地好さ!
空は色味をうしなってどんよりとしていたが、雪はすでに止んでいた。
庭の中ほどまで行くと桜の樹に行き逢った。
春には幻のように花を咲かすが、冬の間は凶暴だ。ずっしりした幹から黒々と伸びる枝の有り様は、地面から怪物の獰猛な腕が突き出でているようである。しかしその一枝一枝にもまたかすかに雪が降り積もって、ふわりと花が咲いたようだった。
私は根元に立ってじっと枝々を見上げていた。淡く降り積もる桜よりもはかない花々を忘れまいとして。
冷やりと頬をかすめたなにかにはっとしてみると、再び雪が降り始めていた。その冬最後の降雪であったのだが、それにふさわしく、触れればすぐにとろけてしまうような粉雪だった。
またも襲い来る怖ろしさと、それをはるかにまさるさびしさに、私はそろそろと口を開いた。溢れ出る熱い吐息にまぎれて伸びた舌先が、やがてひんやりとした花片をとらえた。
私が初めて花というものを喰らったのはそのときである。
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これからもっともっといろんなことがあって
いろんなことがわからなくなってしまうのかなぁ
いろんなことがわからなくなってしまうのかなぁ
父はへんなひとだった。たまの休日なのだからおめかしして出掛けたり、リビングの炬燵にもぐって映画を見たり本を読んだりすればよかった。だけど父はそうしなかった。早朝まだ家族のうち誰も起きていないころにがばりと布団から抜け出でて、歯を磨き、家族四人ぶんのお茶を淹れ、冷凍庫から適当な冷凍食品をみつくろってきて解凍したのを食べ、少しテレビを見てからまた布団にもどった。正午前、母が朝の家事を終え化粧を済ませ、姉かわたしか両方かが外出して女三人の慌ただしい朝の時間が終わったころになって、のっそりと起き上がってきた。それから決まってぶつ切り野菜が特徴のおおざっぱなラーメンを作って食べ、お昼のたいくつなテレビをちょっと見て、あとは寝間着のまませわしくたち働いていた。リビングとダイニングの片隅にあるふたつの加湿器に、それぞれ水を補給し、犬の代わりに飼い始めたとおぼしき魚たちにえさをやり、庭に出て植え込みをいじったり、洗面所や風呂場の黴取りに御執心したりしていた。その雑多でこまやかな仕事のあいまには、ひとり
しずかにコーヒーを飲む。しずかな休日の午後は、いつも穏やかなコーヒーの香りに包まれていた。
静謐でととのった文章は、ちょうど行間のすきまみたいな感じで、白くて、簡潔で、冷や冷やとうつくしく、一定の間隔をもって並べられている。
わたしは真っ白い台のうえに整然と陳列された、奥ゆかしくかがやく宝石みたいな言葉たちを、息をつめてじっと見まもっている。
良いなあ。だけどわたしはもっと、駄々を捏ねていたいな。いやだよとか、好きだよとか、なんで?とか。もっと生々しく。
傷ついてなんかない、だから痛くない怖くないかなしくない、なのに足がふるえる。わたしのなかにどれくらい根を張っていたの? 吸い上げて取り込んで、わたしの16才、ぜんぶぜんぶ、いつの間にか先生のものだった? 深入りしないでせんをひくことが出来たら、しあわせでせつないまま憧れていることが出来たのかな。宝石でできたみたいな桜が降る、散る。
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